【やおよろずの扉】|vol.2「戸を隠した伝説の場所」
日本各地、数多におわす八百万の神々。
信州はその地形や自然もあいまって、様々な言い伝えや行事が各地に深く根付いています。
そんな、信濃の国に伝わる神々の伝説を紹介します。
天手力雄命
(あまのたぢからおのみこと)
【profile】
日本神話に登場。
「力の神」、「武勇の神」として知られる神様。
その名の通り、「天(あめ)の手力(たぢから)」=「天の強い腕力を持つ者」という意味をもちます。
天手力雄命とは
天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)は、古事記・日本書紀に登場する「力の神」。
その名の通り、天界随一の怪力を誇る神で、後に紹介する、「天の岩戸」を開くという重要な役割を果たします。
天手力雄命は、ただの力自慢ではなく、闇を破り、光を取り戻す“再生”の神として信仰されてきました。
現在でも全国各地に「手力雄神社」があり、勝負運・開運・再出発などのご利益があるとされています。織田信長公が戦勝祈願に手力雄神社(岐阜)を訪れたことがあるほど
天岩戸伝説での活躍
天手力雄命を語る上で、天岩戸(あまのいわと)伝説の活躍は欠かせません。
太陽の神である、天照大神(あまてらすおおみかみ)が岩戸に隠れ、この世界は真っ暗になってしまった、、、。という天岩戸伝説を簡単にご紹介します。
かつて、高天原(たかまがはら)――神々の住まう天の国に、大きな騒ぎが起こりました。
嵐のように暴れまわる須佐之男命(すさのおのみこと)の行いに、姉である天照大神は日々心を痛めていました。
ある時、ひどいいたずらについ怒った天照大神は『天の岩戸』と呼ばれる岩の洞窟へ身を隠してしまったのです。
太陽の神が姿を消すと、世界はたちまち闇に包まれました。
鳥は鳴かず、草木はしおれ、人々の暮らしに光が消えてしまいました。
困り果てた八百万の神々は、天安河原(あまのやすがわら)に集い、どうすれば再び光を取り戻せるのかを話し合いました。
やがて、神々は岩戸の前で盛大な祭りを開くことにします。
天鈿女命(あめのうずめのみこと)が岩戸の前で舞を踊り、音楽を奏で、笑い声が響き渡りました。
「私がいない今、この闇に包まれたはずの世界で、なぜ楽しそうな声が聞こえるのだろう」
あまりの楽しげな様子に、外の様子が気になり、岩戸を少しだけ開けて外をのぞきました。
――その瞬間を、逃さなかったのが天手力雄命
扉のそばに待ち構えており、天界一と謳われるその強靭な腕で、岩戸の端をつかみと、
「えい!」と一声、岩戸を引きはがしました。
眩しい光がほとばしり、長い闇が終わります。
神々は歓声を上げ、再び高天原に太陽の光が戻りました。
こうして、天手力雄命は「闇を打ち破り、光を呼び戻した神」として、今も語り継がれているのです。

八百万の神々が話し合ったとされる天安河原(宮崎県)
岩戸を隠した場所
岩戸を開いた天手力雄命は、その扉をもう隠れることができないように遠くへ投げ飛ばしたと伝えられています。
(場所については諸説あり、扉を持って走りついた先と伝えられる物語もあります。)
どこまでも青く高い空を越え、幾重もの雲を抜けて、
重く厚い岩の扉が落ちた場所が――信州・戸隠。
その地は、切り立つ山々が幾重にも重なり、
まるで扉が再び天岩戸に戻ることのないように静かに守り、佇んでいます。
岩戸を“隠した”場所。
それが、「戸隠(とがくし)」という名の由来です。
やがて人々は、この地を「神が岩戸を隠した聖域」として敬い、その伝承は、戸隠山を中心に息づいていきました。
峻厳な山容、霧に包まれる森、
ここには今も神話の出来事を凛と伝えるような静けさが漂っています。
奥の院までの参道、樹齢約400年を超える杉並木。
戸隠神社
戸隠神社は、天手力雄命を主祭神とする奥社も合わせ、五つの社から成る信仰の地です。
創建は約二千年前とも伝えられ、修験道の聖地としても栄えました。
奥社
天手力雄命を祀る。杉並木を抜けた先に立つ朱の社殿は、まさに神話の「岩戸」を思わせます。
中社
天手力雄命と共に天岩戸開きに尽力し天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)を祀る。
知恵や学業、導きの神。
学問や仕事運のご利益を求める参拝者が絶えません。
宝光社(ほうこうしゃ)
中社祭神の子にあたる、天表春命(あめのうわはるのみこと)を祀る。
開拓・学問技芸・裁縫の神、安産の神、女性や子供の守り神。
九頭龍社(くずりゅうしゃ)
九頭龍大神(くずりゅうのおおかみ)を祀る。ご鎮座の年月不詳、天手力雄命が奉斎される以前に地主神として奉斎されている。
水の神、雨乞いの神、虫歯の神、縁結びの神。
火之御子社(ひのみこしゃ)
- 戸の前で舞われた天鈿女命(あめのうずめのみこと)が主祭神で他に三柱の神様(高皇産御霊命、栲幡千々姫命、天忍穂耳命)を祀る。
舞楽芸能の神、縁結びの神、火防の神。

厳かな雰囲気が漂う、随神門
戸隠を歩けば、木々のざわめきが風に乗り、神々の語らいが聞こえてくるかのよう。
雪に包まれた冬も、光に満ちる夏も、
この地にはいにしえと変わらぬ「祈り」と「神話の気配」が息づいています。
天手力雄命が岩戸を開いて取り戻した光――
それは、今も戸隠の山に射し込み、
訪れる人々の心をそっと照らしているのかもしれません。